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2004.09.30

ブロガー新聞

「週刊!木村剛」でネットと新聞についての話題が取り上げられて以来、さまざまな人がトラックバックして意見を寄せた。
それらを読んで、かつて新聞社に勤める人間が身内にいて周辺で見ていたことのある者として、思ったこと、感じたことを、ちょっと書きなぐってみたい。

触発されたブログ記事は、
ネットは新聞を殺すのかblogさんの「プロのジャーナリストはやはり必要」
ガ島通信さんの「新聞はハダカの王様」
あざらしサラダさんの「『ブロガー新聞』への投稿のすすめ」
H-Yamaguchi.netさんの「Bloggerの社会的責任」
あざらしサラダさんの「【ブログ記事の社会的責任について考える】」

まず、私はブロガーが新聞に完全にとってかわることはないのではないかと考えている。新聞をはじめとするマスコミの「取材」という機能を代替することは難しいだろうと思うからだ。
このあたりの見方としては、ネットは新聞を殺すのかblogさんの「プロのジャーナリストはやはり必要」に書いてあることと近いのかもしれない。
ただ、この「取材」の質が問題だと思う。

かつて、とある役所の事業で、各紙が取材にしのぎを削るなか、同じことを報じているのにもかかわらず、その根拠となる数字が、各紙で違っていることが何度かあった。だれを取材対象に選ぶか、だれの言を信ずるか、その裏づけはどこにあるのか、取材が的確でなかったために起きた事態だ。
こういうことがわりと頻繁に起きたため、役所などは、間違ったことを根拠に間違った報道をされるぐらいならと、取材が入り始めると先手を打って記者クラブで発表するようになってきたのだろう。また、先手を打って発表すれば、自分たちの望む方向に論調を誘導しやすくなるという効果もある。

ところで、公になっていない事実を書いたとき、それがブロガーならば、その事実の入手元を明らかにしないままで信用されるだろうか。自ら明らかにしなくても、いろいろ詮索されほじくられることだろう。信用されるためには、入手元、自分の身元さえ明かさなければならないハメに陥るかもしれない。公になっていない事実を書くことが社会的に意義があることでも、もしかしたら、そのことによって誰かが直接的・間接的に職業上の守秘義務違反に問われることがあるかもしれない。書かれた内容が内部告発だった場合、現状の公益通報者保護法では、事実上告発の道を閉ざすものと批判された厳格な要件が課され、ブログ上で告発することまでは保護されない。

ひるがえって新聞はじめマスコミは、報道の自由の下、事実の入手元を明らかにする必要はなく、守られているといえる。これは権力や権威におもねることのない報道をするには大きい武器だ。マスコミが守られているということは、情報元が何らかの不利益を被らないよう間接的に守られているということでもある。
ただ、この点で、その裏返しとして、新聞をはじめマスコミは、大きい責任を負っているのではないか。守られているからこそ、取材できちんと裏づけをとり、その内容が妥当かどうか吟味して報道する必要があるのではないか。

かつて、松本サリン事件で被害者が、かなり長い期間、容疑者扱いされて報道されたことがあった。また、アメリカではイラク戦争の開戦前の報道についてマスコミの姿勢が妥当だったのかどうかという問題がある。
その事実は真実か? マスコミは、ブロガーとは違うということならば、責任に応じた自覚をもって、取材・報道してほしいものだと思う。

既に発表された事実をもとに、検証し、感想や論評を加えたりするのは、プロでなくてもできる。その考察、書く内容においては、記者よりも勝るブロガーもいることだろう。ましてや、発表された資料や、外見に表れる事実を垂れ流しにするのは、もっと簡単で、場さえあれば、だれにでもできるのだ。

だれにでもできることを報道の名の下に権威づけて行っているだけではないのか?
その記事が報じる事実は真実か?
記事の根拠とされている事実は、本当にその根拠として妥当か?
その記事は、踊らされて書いたものではないのか?
あからさまな世論誘導などを意図していないか?

これからは、新聞をはじめマスコミ自身が、自分たちの報道内容や姿勢を検証すると同時に、多くのブロガーたちに、その記事の内容を検証されていくのだろうと思う。そしてブロガーたちに検証されることによって、マスコミ自身の検証もさらに深まればよい。プロの「ジャーナリスト」ではないと無視するのは簡単だが、それは一部とはいえ事実を前にした勘というか感覚や考察が優れたブロガーがいて、せっかく別の視点からの材料を投げかけてくれているのを、見ようとしないのは、マスコミにとっても結局は損になるのではないだろうか。

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ほとんど独り言に近く、いろいろ思いつくままに書きなぐったので、変なところがあったら、ごめんなさい。(^^;)

2004 09 30 [ウェブログ・ココログ関連, ニュース, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

2004.09.27

うちのヲタ

24日に帰宅すると、いつきが「ねぇ、友達に東京ゲームショー行かない?って誘われたんだけど……」。
は? 東京ゲームショー? あんた受験生だよねぇ?と口元まで出かかったんですが、よく考えれば、いつきは上の子と違って、あまり自分から外に出歩いて遊ばないほう。
「行きたいの?」
「うん」
うーん、まあいいか。
ということで、いつきは25日に上の子の高校の文化祭へ行く予定もあり、2日分ということで、特別におこづかいを渡す。
で、ヲタ友達3人で東京ゲームショーに行った報告をしてくれました。

「あのね、駅から会場までずーっと人の列が続いていて、これが全部ヲタかーって思った」
(はいはい、あんたも、そのうちの一人よね。(^^;) )
「ハガレンのコスプレしていた人がいたよ。これでアルフォンスがいたら、どうしようかと」
もしもいたとして、ハリボテとかじゃなく、本当に金属でできた鎧を着ていたら、すごいよねー、注目の的だよねー、きっと。
「ファイファンのユウナとかリュックとかのコスプレも、10と10two、どちらのもいた」
ふーん。
「リュックのコスプレしてて、顔が本物とそっくりな人がいたよ」
(ゲームの登場人物、うーむ、本物と言うのか?(^^;) )
「さすがにティーダのコスプレは一人しか見かけなかった」
やっぱ男の子は、あまりコスプレしない?
「ああいう活発なタイプの男の子は、女の子がコスプレしようとしても、ちょっと苦しいからねー」
ふむ。

ところで、PSのミニ見た? どんなだった?
「えー、見てない。興味ないもん」
あ、そう。(^^;)
じゃ、何見たの?
「テイルズのブースに3時間」
あ、そう。(^^;)
(会場の様子があれやこれや聞けるかと思った私が甘かった……)
どうせ、あんたたちのことだから、きゃーきゃー騒ぎながら楽しんだんだよね?
「うん!」
まー、よかったね。

うちのヲタとその友達は、非常に好みがはっきりしているようです。
水無月によると、純粋ヲタとか。

2004 09 27 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク

2004.09.19

子どもを放っておかないために

朝日新聞東京版9月18日(土)の生活面に「安全な『居場所』求め」という学童保育の現状についての記事が載っていた。(残念ながら紙面のみでネット上には記事がない)

ジャンバラヤの学童カテゴリへ寄せられたトラックバック記事を読んだあとで、この記事を併せ読んで、思ったことがある。かつて、小学校から中学・高校の子どもたちの地域での適切な遊び場、行き場、たまり場がないということで、「たまり場事業」とも言うべき施策が都市部で話題になったことがあった。この「たまり場事業」のうち、小学生対象の部分が、ニーズと財政難などの理由から、うやむやのうちに学童保育に押しつけられ、結果として学童保育の変質を招いているのではないかということだ。

本来、学童保育は親が働いている家庭の子のためのものであったはずだ。両親ともに働いている核家族などだと、小学校に上がったとたんに、午後かなり早い時間から親が帰宅するまでの間、安全な保護に欠けることになる。ここを補うために始められたものだ。そのことからすれば、子どもが帰ってくる時間帯に家庭に誰か大人がいる家の子の遊び場、安全な居場所を提供するために学童保育を利用するのは、やはり趣旨が違うだろう。

しかし、「たまり場事業」的なものはニーズがあるのと、あわせて財政難などの理由があって、現状では以前のような学童保育を維持したまま「たまり場事業」的なものを別に起こすようなことはせず、「子どものための事業」と一括りにして体よく学童保育に押しつけ、その影で、ちゃっかり施設や指導員などの必要な予算を削り、結果として学童保育が実は保育に欠ける形になってしまっているのではないだろうか。
「たまり場事業」が必要ならば、自ずとその趣旨・対象が違ってくるのだから、学童保育とは別の制度として、きちんと切り分けて行ってほしい。

子を育てにくい世の中で、少子化がこれだけ問題になっているのだから、行政には、確実に次世代の社会を担う子どもたちやその親への施策は、優先的に財源を振り分けてほしいと思う。


付け足しのつぶやき:
票田にならないからとか何とかや、縄張り意識や、硬直化した制度、目先の利益追求だけで、いつまでもちぐはぐな政策を続け冷遇するならば、政党も行政もとことん信頼を失い、あげくは有権者から見放されるのではないか、いや、もう見放されかけているのではないかと思う今日この頃。

2004 09 19 [育児] | 固定リンク

2004.09.16

こまめに書かないと

9月に入ってから、ずーっと更新してませんでした。
「あっ、これは……」とアンテナに引っかかったネタも、落ち着いて書いてられる気分ではなくて、そのままスルー。
うー、あまりよくないですね。(^^;)


この書かなかった間にあらためて感じたことは、私は、さくさくと気軽には文章を書けないタチということ。
自分のなかで、うわーっと盛り上がるものがないと書けないんです。中途半端な状態で書き始めると、これはどう読まれるだろうかと自分の書いたもののあちこちが気になって、途中でストップしてしまうこともしばしば。
そうこうしているうちに、書きたいと思った気持ちが自分のなかで消化されてしまって、時期も逃したし、まあいいやとなってしまいます。

もしかしたら意外に思われるのかもしれないけれど、自分というものを前面にバーンと押し出すのがちょっと怖くて躊躇してしまうほうなんです。
本当はあまり考え込まないで、もっと気軽にやってみてもいいんでしょうね。
blogを通じて動いたことで、得られたことは多いですし。

ということで、ここしばらくちょっとした休眠状態でしたが、なるべく(^^;)こまめに書いていくようにしたいと思います。

2004 09 16 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク