子どもを放っておかないために

朝日新聞東京版9月18日(土)の生活面に「安全な『居場所』求め」という学童保育の現状についての記事が載っていた。(残念ながら紙面のみでネット上には記事がない)

ジャンバラヤの学童カテゴリへ寄せられたトラックバック記事を読んだあとで、この記事を併せ読んで、思ったことがある。かつて、小学校から中学・高校の子どもたちの地域での適切な遊び場、行き場、たまり場がないということで、「たまり場事業」とも言うべき施策が都市部で話題になったことがあった。この「たまり場事業」のうち、小学生対象の部分が、ニーズと財政難などの理由から、うやむやのうちに学童保育に押しつけられ、結果として学童保育の変質を招いているのではないかということだ。

本来、学童保育は親が働いている家庭の子のためのものであったはずだ。両親ともに働いている核家族などだと、小学校に上がったとたんに、午後かなり早い時間から親が帰宅するまでの間、安全な保護に欠けることになる。ここを補うために始められたものだ。そのことからすれば、子どもが帰ってくる時間帯に家庭に誰か大人がいる家の子の遊び場、安全な居場所を提供するために学童保育を利用するのは、やはり趣旨が違うだろう。

しかし、「たまり場事業」的なものはニーズがあるのと、あわせて財政難などの理由があって、現状では以前のような学童保育を維持したまま「たまり場事業」的なものを別に起こすようなことはせず、「子どものための事業」と一括りにして体よく学童保育に押しつけ、その影で、ちゃっかり施設や指導員などの必要な予算を削り、結果として学童保育が実は保育に欠ける形になってしまっているのではないだろうか。
「たまり場事業」が必要ならば、自ずとその趣旨・対象が違ってくるのだから、学童保育とは別の制度として、きちんと切り分けて行ってほしい。

子を育てにくい世の中で、少子化がこれだけ問題になっているのだから、行政には、確実に次世代の社会を担う子どもたちやその親への施策は、優先的に財源を振り分けてほしいと思う。


付け足しのつぶやき:
票田にならないからとか何とかや、縄張り意識や、硬直化した制度、目先の利益追求だけで、いつまでもちぐはぐな政策を続け冷遇するならば、政党も行政もとことん信頼を失い、あげくは有権者から見放されるのではないか、いや、もう見放されかけているのではないかと思う今日この頃。

2004 09 19 [育児] | 固定リンク